島原太夫も練り歩いた角屋や島原大門を散策






JR山陰線の京都駅から一つ目の丹波口駅を
降りてから、千本通を花屋町手前の島原住吉
神社まで下がって、小さな筋を通って花屋町
に出ると、その一帯が島原と呼ばれる場所と
なります。

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東に進み最初の小さな交差点に標識があって、
右の角があの有名な角屋(すみや)があり、真
っ直ぐ花屋町を進むと、島原大門があると書か
れています。

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角屋は江戸時代にこの島原で大繁盛した料亭
で、明治に入ってお茶屋業に変わったあとも
1985年まで営業されていたそうです。当時は
置屋から太夫や芸妓を呼んで、宴会が盛んに
行われていたのです。そんな時代にタイムスリ
ップしてみたいものです。

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幕末には、久坂玄瑞があの西郷隆盛や勤皇の
志士たちと、軍用金を調達するために豪商と密
談を行った場所として有名です。

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しばらくのんびりと歩いていくと、島原の大門
と呼ばれる門が見えてきました。

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島原の傾城(遊宴のもてなしの女性)の最高
位の太夫という名は、四条河原で傾城たちが
女歌舞伎を催したときに、優れた舞いを披露
した女性を太夫と呼んだことが始まりとされて
いる。

このあたりを昔は、太夫が練り歩いていた姿
を想像すると、何かワクワクしてきますね。

皆さんも一度、島原大門を中心にして散策し
てみてはいかがですか♪

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