大将軍八神社は方除の守護神の由緒ある神社


大将軍八神社は方除の守護神の由緒ある神社

一条通の大将軍商店街の商店名となった、大将軍八神社へ行って
きましたので、それについて書いてみたいと思います。

神社に着くと門の前の鳥居には「大将軍社」という文字が見えました。

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この神社は平安建都の際に、都の方除(ほうよけ)の守護神として
造営されたもので、当時は「大将軍堂」と呼ばれていましたが、江
戸時代になって「大将軍社」と改められて、その後に大将軍八神社
となって、現在に至っています。

ではこの大将軍の意味なのですが、最初に思い出すのが四条大
宮のある、京都人なら良く知っている「天下の焼肉 大将軍」です
が、これは別にして(笑)、実際には陰陽道にいう星神天大将軍で、
方位を司る神なのです。

このため、建築や移動、旅行などについて、方除け、厄除けの神
として、人々の崇敬を集めています。

またこの「八神社」の由来ですが、素盞嗚尊の子の五男三女の八
神を祀ってあるので、その名が付いています。

中に入ってビックリするのは、本殿の前にある大きな方位盤です。
他の神社では、こんなものは見たことがないのです。さすがに方
位を司る神ですね。

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本殿には、先程書いた素盞嗚尊とその子八神が祀られています。
ここでゆっくり手を合わせました。

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本殿から左に廻って奥に進むと、摂社である大杉神社(絵馬掛所)
と豆吉神社(一願成就)があります。

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そこを通り過ぎて一番奥に行くと、何と錨が奉納されていました。
久し振りに見たような気がして、懐かしかったです。やはり船は
方位が大事ですから。

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そして一周廻って、最後に社務所に入ってみると、宮司の書かれ
た大将軍神像があり、なかなかの作品でした(1,500円)。

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「今日はこの大将軍八神社にちなんで、焼肉にしよう!」と強く
心に決めて帰りました(笑)♪




智恵光院は小野篁が作った六臂(ろっか)地蔵像が微笑むお寺


智恵光院は小野篁が作った六臂(ろっか)地蔵像が微笑むお寺

今回は、お寺の名前が通りの名前になっている所を紹介します。

そのお寺は「智恵光院」という名前で、場所は今出川智恵光院
を下がっていくと、右側(西側)にあります。石碑が建っているの
で、すぐ分かります。

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ここは称念山平等寺と号する浄土宗のお寺で、永仁二年(1294
年)に鷹司家の祖・関白の鷹司兼平が創設したのが起こりです。

それでも享保と天明年間の二度の大火で、全てが焼失して更に、
第二次世界大戦中の強制疎開で、現在の規模になったようです。


この門から中に入っていきます。

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境内は結構大きいのです。本堂には本尊阿弥陀如来像が祀ら
れているようですが、障子で閉められていて、中は見れないよう
でした。

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でも本堂の前には、何故か「獅子頭守護石」というものがあっ
て、実際に初めて見た時には、ガマカエルかなって思えるほど
よく似ていました(笑)。でも、この獅子の頭はどこから来たの
か分かりませんが、ずっとこのままここで、このお寺を守って
欲しいものです。

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またその近くには「智恵姫神社」があり、そんな姫がいたのか
と、時代を超えて会ってみたい気分になりました。

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もう一つ、このお寺には地蔵堂があり、仏教で死後にいずれか
に転生するとされる六道(地獄、飢餓、畜生、修羅、人道、天進)
の全てを救う力を一体の像に込めて、小野篁(おののたかむら)
が作ったと伝えられる、六本の手を持つ六臂(ろっか)地蔵像が安
置されているのです。

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ちょっと中を覗いてみたのですが、凛々しいお顔の地蔵様がおい
でになって、何か落ち着いた気分になれました。

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皆さんも、智恵光院を巡って小野篁の力をもらってみませんか♪



きっかけ問わずに「出会い」たい!
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