朝日神明宮は麩屋町通にある2度の大火に翻弄された小さな神社


朝日神明宮は麩屋町通にある2度の大火に翻弄された小さな神社

今回は、河原町五条に行った際に、とても小さな神社があり
ましたので、それについて書いてみたいと思います。

あるところに行った帰りに、河原町五条を西に歩いて行って、
たまたま信号で立ち止まった麩屋町通を上がって行くことに
しました。

少し行ったところに、本当に小さな神社がありました。それは
「朝日神明宮」という神社で、相当に古い由緒ある神社のよう
でした。

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実際にそこにある立て看板を見てみると、次のようなことが書
かれていました。

最初に造営されたのは貞観年間(858〜876年)で、現在の亀
岡市の旧穴生村でした。元亀三年(1572年)にこの地に移され
たようです。

ここからが圧巻ですが、その当時は南北では五条通から松原
通まで、東西は河原町通から富小路通に至る、広大な面積を
有し「幸神(さいがみ)の森」と呼ばれたということです。

末社には、稲荷社、人丸社、飛梅天神等、八社あって、隆盛を
極めていたのですが、残念ながらあの有名な天明の大火と元
冶の兵火よって、大半が焼失してしまったのです。

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ということで、今は隣りの大きな駐車場とは対照的に、こじん
まりとした敷地に、本社と1つの末社(猿田彦社)があるのみ
です。

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そんな今までの歴史を思うと、何だかこの神社がとてもいと
おしくなってきましたよ(涙少々)!

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でも、大祭は9月にあるようですので、そんな歴史の重みの
ある神社の祭を見に行きたいと思います♪




梛(なぎ)神社は祇園祭の起源となった由緒ある神社


梛(なぎ)神社は祇園祭の起源となった由緒ある神社

今回は、祇園祭の起源となった神社について書いてみたいと思い
ます。

その神社は「梛(なぎ)神社」という名前で、壬生寺の近くにありま
す。実際にその神社の前に行くと、鳥居の左の石塔には「元祇園
梛神社」と書かれています。

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境内に入っていくと、右に本殿が2つあってちょっと戸惑うような
感じになります。手前右側が隼神社で奥左側が梛神社なのです。

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何故この神社が祇園祭の起源になったかですが、まずこの神社
の由来については次の通りです。

貞観十一年(869年)に疫病が流行したときに、スサノオノミコトの
神霊を、播磨国から移して鎮疫祭を行った。その時に神輿を梛の
林中に置いて祀ったことが始まりのようです。

本殿の前には、その御神木の梛が凛々しく1本だけですが植えて
あります。当時はもっとたくさんあって森のようなところだと想像し
ています。

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さて先程の起源の続きですが、後に神霊を八坂神社に移したとき
に、地元住民が、花を飾った風流傘を立て、鉾を振り音楽を奏して、
神輿を八坂に送ったとされています。これが後の祇園会(祇園祭)
の起源と伝えられています。


また神社の入口には、御供石(ごくいし)と言って、祇園祭の山鉾
巡行のとき、この石の上に神饌を置き神に供えたもので、もとは
下京区御供石町にあったものを、昭和七年にこちらの境内に移し
たものです。見るからに貫禄のあるご神石なのです。

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この神社のご利益は、厄除けと疫病払いがあり、本殿で手を合わ
せて、お願いをしました。

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社務所には、「梛の実」みくじが置いてあり、とても可愛いのと
1つで3つの徳(おみくじ・絵馬・御守)があって、お勧めのもの
です。でも私は、すでに他の神社で「中吉」を引いているので、
もう充分なので(笑)、買うのはやめました。

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皆さんも、大宮方面に行った祭には、この由緒ある神社に寄って
厄除けと疫病払いのご利益をいただきましょう♪

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梛(なぎ)神社

京都市中京区壬生梛ノ宮町18-2
市バス「壬生寺道」下車すぐ
阪急電車「大宮駅」下車、徒歩5分
京福電車「四条大宮駅」下車、徒歩5分
Tel:075-841-4069
境内自由



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