粟田神社にある大きな人形は何のためのもの?






今回は、平安神宮に近い三条神宮道を下がって、一筋目を東に
入った所にある粟田神社について書いてみたいと思います。

この神社の前の道は、旧東海道・東山道で、このあたりは京の
七口(京都の七つの出入口)の一つの粟田口として知られており、
旅の安全を祈願する「旅立ち守護」として崇拝されています。

awata-1.jpg

少し長めの坂道を上がっていくと、右に社務所があり、左手前
に拝殿、その奥には本殿がどっしりと構えています。

awata-2.jpg
拝殿

この神社の創建の由来は、平安時代に遡ります。その時代には
兵災や疾病が多く発生し、時の天皇の清和天皇が、出羽守藤原
興世に命じて、八坂神社に七日七晩の祈願をさせました。

その満願の夜に、枕元に老翁が立ち、夢のお告げを残しました。
「我[大己貴命(オオナムチノミコト)]を祀るべし。そうすれば国家と
民は安全なり」と。そのお告げに従って、創建されたと言われて
います。

awata-4.jpg
本殿

この本殿には祭神として、スサノオノミコトとオオナムチノミコトが
祀られており、スサノオノミコトは病気治癒、厄除けに、オオナム
チノミコトは医薬や縁結びにご利益があると言われており、その
ご利益にあずかろうと、多くの方が訪れています。

この高台にある神社からは、平安神宮の大鳥居を望むことが出
来て、市内を一望とまではいきませんが、心和む景色を楽しめ
ます。
awata-3.jpg

また面白いのは、社務所の奥側に大きな人形のようなものが置
いてあり、なぜそれがあるのか全く分からなかったのです。

awata-5.jpg

たぶん魚釣りをしている人形なので、恵比寿様かなって思った
のですが、実は,10月の大祭に剣鉾を掲げて、市内を練り歩
く祭のようですが、その時の夜渡り神事というものがあって、神
仏や歴史上の人物をかたどった大型の燈籠の「大燈呂」が7基
巡行を行うということが、人形のそばにあった新聞に書かれて
いました。

awata-6.jpg

今は、ここでその出番を待って置いてあるようなのです。とて
も楽しそうな祭ですので、今度の10月にその夜渡り神事を見
てみたいものです♪

浄土院は大文字の送り火を任された「大文字寺」






今回は、お盆も近いということもあり、8月16日にご先祖様を
送る行事の、五山の送り火に縁が深いお寺を紹介したいと思
います。

そのお寺は、銀閣寺のところにある、通称「大文字寺」と呼ば
れている浄土院なのです。実際に、大文字の送り火を管理し
ているお寺です。

もともとこの地には、天台宗の「浄土寺」というお寺があったの
ですが、銀閣寺創建の際に、上京区の方に移され、その跡地
の草堂を浄土宗のお寺として修興して、浄土院と名付けられ、
今に至っているということです。

jyodoin-1.jpg

銀閣寺の参道を、色々なお土産屋さんを見ながら歩いていき、
銀閣寺に着きます。そのすぐ左隣に、ひっそりとこのお寺は
あります。まだ五山の送り火の準備もなく、境内は草が生い
茂り、静まりかえっています。

jyodoin-4.jpg

そんなに広くない敷地なのですが、五山の送り火の時には、
何かとてつもないパワーを生み出すように、今はそのエネル
ギーを蓄えているようです。

奥に進んで、本堂でお参りをしましたが、この中に安置され
ているのは、阿弥陀如来坐像で、もともと浄土寺にあった遺
仏といわれています。

jyodoin-2.jpg

本堂の反対側には、このお寺の檀家さんが永代供養をお願
いしていると思われます、たくさんの小さな仏様が祀られて
おり、大変厳かな雰囲気が漂っています。

jyodoin-3.jpg

ここで、私の五山の送り火の時の想い出を紹介します。通常
は、大文字の送り火は、遠くからご先祖様を偲んで手を合わ
せるものですが、ある当日の夜、たまたま大文字山の参道と
は別のルートから登って、目の前でその松明(たいまつ)を見
た経験があります。場所は大の字の左下の所で見ていました。

松明との距離が2〜3mととても近くて、身動きも出来ないま
ま、本当に火傷か熱中症になるかというくらいに熱かったの
です(笑)。今となっては、懐かしい良い思い出です。

そんな貴重な経験を思い出しながら、ゆっくりと境内を見て
廻りました。何か心が落ち着いた感じです。

jyodoin-5.jpg

8月16日の大文字の送り火には、精霊送りが行われる予定で
たくさんの参拝客の皆さんで賑わうことでしょう♪


きっかけ問わずに「出会い」たい!
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。